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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)6602号 判決 1966年3月30日

原告 留日華僑北省同郷連合会

右代表者会長 林憲栄

右訴訟代理人弁護士 青柳盛雄

同 上田誠吉

被告 王永亮

右訴訟代理人弁護士 磯崎良誉

同 篠田俊正

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

(一)  第一次の請求。被告は原告に対し、別紙目録記載の土地及び建物(以下本件土地建物という。)につき、所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。

(二)  予備的請求。被告は原告代表者林憲栄に対し、本件土地建物につき、所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

(一)  本案前の主張。原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。

(二)  本案につき。原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)  原告は、その肩書住所に事務所をおき、中国北方各省出身の留日華僑を会員とし、会員の愛国団結、大同合作、親睦和好、友愛互助を目的とする人格のない社団であり、会員大会を最高機関とし、これによって理事及び監事を選出し、理事及び監事によって組織された理監事会が、会長を選出し、会長は会務全般を執行し、会を代表する地位にある。

(二)  本件土地建物は原告の所有である。しかし、原告は権利能力のない社団であるため、登記名義人となることができないので、本件土地については、その取得の昭和二七年六月一一日に、当時原告の代表者たる地位にあった被告を取得者として、所有権移転登記を受け、また本件建物については、原告においてこれを新築した昭和二八年二月に当時の代表者たる地位にあった被告名義で固定資産課税台帳に登録されていたので、原告を債権者とし、被告を債務者とする東京地方裁判所昭和三二年(ヨ)第一、八六六号不動産仮処分決定の執行に伴い、昭和三二年四月一五日に、職権で被告名義の所有権保存登記がなされている。

(三)  被告は昭和二九年六月二五日に原告の理監事会に対し、その会長を辞職する旨申し出て、その会長たる地位を失った。

(四)  原告代表者林は昭和三七年六月二二日に開催された理監事会において会長に選出された。なお原告は同年五月初旬頃に会員全員に対し、大会を同年六月一五日に開催する旨通知し、同日の大会において理事及び監事が選出され、右理監事によって組織された理監事会において前記のとおり右林は会長に選出された。原告の章程によれば、大会は五月八日に召集することになっているが、右は任意規定である。

(五)  よって、原告は被告に対し、第一次の請求として、本件土地建物につき、原告に対するこれが所有権移転登記手続を求める。

(六)  仮に、原告が権利能力のない社団のため、移転登記を求めることができないとしても、不動産登記簿上の氏名として、「原告代表者林憲栄」として扱かうことが、登記の表示と実体関係を近接させ、また第三者を保護するために適切である。よって、右第一次の請求が認容できない場合には、被告に対し予備的に、本件土地建物につき原告代表者林憲栄に対するこれが所有権移転登記手続を求める。

二、被告の答弁

(一)  本案前の主張として、原告の代表者と称する林憲栄は、原告を代表する権限を有しない。即ち、原告の章程によれば、その代表者は大会において直接選挙により選出される旨定められているが、林憲栄は右手続により選任されたものではない。なお、原告主張の原告の大会は、多数の会員に通知せず、また章程の定める五月八日に開催されなかったものであるから、大会として適法に成立しなかったものである。よって、林憲栄が原告を代表して提起した本件訴は、不適法である。

(二)  原告は権利能力のない社団であるから、不動産登記申請の当事者たり得る資格を認められていないから登記請求権を有しない。従って原告は本件訴における当事者適格を欠くものである。

(三)  請求原因(一)の事実は認める。但し、原告の代表者の正しい呼称は理事長である。

(四)  請求原因(二)の事実は認める。

(五)  請求原因(三)及び(四)の事実は否認する。被告は現在においても原告の代表者たる地位にある。

(六)  よって、原告の第一次の請求は理由がない。また、予備的請求における原告の主張も、被告の総て争うところであるから、右請求も理由がない。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、原告の当事者能力の有無について検討する。≪証拠省略≫によれば、原告は肩書住所に事務所をおき、中国北方各省出身の留日華僑を会員として、会員の友好親睦、相互援助等を目的として、昭和二五年頃に結成された団体であって、その目的達成のため、会則を設け、多数決の原則のもとに会員大会を持ち、役員として、理事、監事、副会長の外に会務全般を執行し対外的には会を代表する者として会長を置き、会固有の財産を有しており、会員の変更にかかわらず存続すべきことが認められるから、民事訴訟法第四六条により訴訟当事者能力を有するものというべきである。

二、原告の請求原因(二)の点は当事者間に争がない。従って、本件土地建物は、原告の会員に総有的に帰属しているものというべきである。

三、原告は被告に対し本件土地建物につき、第一次に原告のために所有権移転登記手続を請求し、予備的に原告代表者林憲栄のために所有権移転登記手続を請求するところ、まず権利能力のない社団である原告がかかる訴訟において当事者適格を有するかどうかについて判断するに、次に述べる理由により、原告は本訴において原告適格を有しないものと解するのを相当とする。

即ち、権利能力のない社団は、不動産登記法上、登記申請人となることは認められていない。権利能力のない社団を人格のある社団と同様に登記申請人となることを認めるかどうかは立法政策によって決定される問題であるところ、不動産登記法には、権利能力のない社団を法人と同様に取扱う旨の規定は存在しないし、同法第三六条第一項第二号、同法施行細則第四二条の規定に徴しても、権利能力のない社団は現行法上登記申請人となり得ないものと解すべきである。このことは、実質的に考えても、権利能力のない社団は、それ自体としては元来私法上の権利主体となり得ないうえに、権利能力のない社団のために登記をすることになると、権利能力のない社団たるの実質を有するかどうかを登記官吏は審査しなければならないところ、登記官吏は実質的審査権を有せず、単に形式的審査権しか有しないから、申請書に権利能力のない社団と表示してくる限り、かかる社団の実質を有しないものまで、登記官吏は常に右申請を受理しなければならず、実体に合わない登記がなされるおそれがあり、かくては登記の表示に対する信頼を害し、不動産取引の安全を保護しようとする不動産登記法の建前に矛盾することとなる。そして、以上の事柄は、権利能力のない社団のその肩書を付した「代表者名義」の登記の方法によっても同様であって、代表者の個人名義に代表者の肩書を付することによる登記も許されないものとするを相当とする。

以上の次第であって、権利能力のない社団である原告は、登記請求権がなく、本件訴訟における当事者適格を欠くものというべく、その余の点について審究するまでもなく、本件訴は不適法として却下を免れない。

三、よって、本件訴はこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大沢博)

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